kotsulisのレース編み blog

チクチクレース編みの日々。

肉欲?

ちょっと前の事。姪っ子(10歳)が家に遊びに来た。自分の家では、親にとやかく言われるが、私の家ではDVD見放題。その日も楽しそうに「七つの大罪」というアニメを観ていた。

お昼ご飯の時間になり、私と私の両親、そして姪っ子と食事をしていた。ふと姪っ子が、

「ねー、肉欲ってなに?」

と訪ねた。食卓は一瞬凍りついた。暫くの無言。気まずい空気を断ち切るかのように、父が言った。

「これだからアニメは!こういうのは規制しないと!」

姪っ子は特に気にしていない様子で、その後もアニメの話を続けた。

皆さん、こういう時は何て答えれば良いのだろうか?率直に真実を答えるべきなのだろうか?

シンプルは幸せへの道

人間の幸せとは、個人差は有るだろうが、いたってシンプルなものだと思う。

朝起きて、晴れやかな陽光を浴び、爽やかな空気を胸いっぱい吸えば、それだけで幸せだし、美味しいご飯を食べたり、暖かいお風呂に浸かったり、無邪気な子供の姿を微笑ましく眺めたり、そんな事で十分幸福感を味わえる。

不幸な人というのは、物事を余りに複雑に考えすぎるのだ。そして、自ら不幸にはまって行くのである。思考しなくなると、幸福がやって来る。あれこれ考え始めると、不幸が始まるのである。

「ヤバイ」とか「ヤベェ」とか

近頃の若い人は何かあると、すぐ

「ヤバイ」

とか

「ヤベェ」

とか言う。他に言葉を知らんのかい、と思ってしまう。別に自分が利口ぶるつもりはないが、聞いていて不快である。

アメリカ人がよく使う

「ファッキン」

みたいなものか。何れにせよ、ボキャブラリーの無さを露呈していて、聞き苦しい。やたらと難解な言葉を羅列されるのも困ってしまうが、言葉というのはその人の人間性や教養が現れるものだと思う。もう少し気をつけて欲しい。

朝の公園⛲


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静かな朝の公園で一服……と思ったら、選挙カーが煩く走り回っている。朝の爽やかな空気が台無しである。

いくら選挙とはいえ、何故に朝っぱらから大音量で走り回るのか。それだけで投票する気を無くしてしまう。大きな声で叫べば相手に伝わる訳では無いのだ。

やっと選挙カーがいなくなり、本来の朝の公園の静けさが戻って来た。足元を見ると、草の葉の上に朝露が光っている。もうそんな季節なのか。あっという間に冬がくる。

 

そんな明るい小説🎵

「小説を書いてみたいけど、どんなの書こうかさっぱり浮かばないよ」

と、父に話したら、

「お父さんについて。粗野で禿げていて口が悪い。良いところは、中々死なないこと」

と返って来た。プププ、不覚にも笑ってしまった。まあ、いきなり小説を書かなくても、blogを書いているだけでも楽しい。

昔は(今でも)父の粗野なところは好きになれなかったが、人を笑わせる明るい性格は見習いたい。

父も母も、けして裕福とは言えない環境で育ったにも関わらず、常に笑いの絶えない性格だ。私はそんな両親に可愛がられて育ったのに、どうしてその明るさを受け継がなかったのか?

 

静かな幸せ😃💕

秋の穏やかな昼下がり、家の周りの草地から虫達の声が、少し離れた街道から車の走る音が聞こえる。他には大した音もなく、人の話し声も聞こえない。

天気はいたって穏やかで、少し傾きかけた太陽が、じんわり周囲を暖めている。こんな日はウォーキングに最適だが、今日はこの穏やかな静けさを楽しみたいので行かないことにする。

 

ナチュラルアメリカンスピリット

目が覚めてしばらくすると、私は先ず近所のコンビニへ行く。煙草を買うためだ。店員さんも、もう分かっていて、こちらが何も言わなくても、

「お煙草ですかー?」

と、ナチュラルアメリカンスピリットのターコイズを取って来てくれる。

家に戻り、二階の一番陽当たりの良い場所で、ひじ掛け椅子に座り、窓を開けて煙草に火を点ける。

この煙草は100%無添加である。化学物質が入っていない。燃焼促進剤も入っていないから、吸うのに時間がかかる。添加物入りの煙草を吸った時の様な、ピリピリ感や、イガイガ感がしない、非常にマイルドな味わいである。

のんびり一服しながら、吐き出した煙の綾を眺めるのが楽しい。朝の至福の一時である。